DODA

アメリカは冷戦後において国際関係で大きな覇権を確保することに成功し、アメリカの国家戦略は全世界的な影響を及ぼしている。戦略の学術研究でもアメリカは先進的な地位にあり、アメリカの戦略を構築してきた。アメリカの最も基本的な戦略として述べられるのがアルフレッド・セイヤー・マハンの『海上権力史論』で論じられているシーパワーを重視した地政学的な戦略である。アメリカが孤立政策を廃して軍事力の建設と運用に大きな影響を及ぼした。また核兵器とミサイルが開発されると抑止戦略が構築され、大量報復戦略、柔軟反応戦略などの核戦略理論がアメリカの安全保障政策の基礎となった。またイギリスでも海洋支配と勢力均衡を重視する国家戦略が採用されていたが、第一次世界大戦後には日米の海軍力の台頭により英米同盟と国際機構を利用した現状維持政策に変更を余儀なくされた。中国では人民戦争の思想を基礎として戦争の勝敗を左右するのは兵器などの物的要素よりもむしろ人的要素であると考えられている。しかし近代兵器の有用性についても認識しており、抑止力を確保するために核兵器を保有してもいる。また逐次装備の近代化も行っており、人民解放軍の量的強化から質的強化に移行しつつある。 戦術(Tactics)とは戦闘において戦闘力を効果的に運用するための科学・技術である。その作戦形態の違いから陸軍の戦術、海軍の海戦術、空軍の航空戦術に分類されうる。どれほど優れた戦略であっても、その実行には優れた戦術をも必要とする。戦術の優劣は状況によって戦力の優劣を覆すこともある。アメリカ独立戦争のカウペンスの戦いはその良い例であり、劣勢な戦力を以って大陸軍のダニエル・モーガンは勝利した。 戦術学においてFX 力は戦闘を効率的に行うための部隊の能力として捉え、基礎となる物理的な戦闘力とそれを倍増しうる精神的な戦闘力とに分けて考える。前者は兵員や装備の数量など可視的な要素であり、後者は士気、錬度、団結などの不可視的な要素である。より具体的には戦闘力は警戒能力、打撃能力、防護能力、情報能力、兵站能力が集合したものであり、拘束、打撃、攪乱、制圧の機能を持つ。戦術的な戦闘行動は攻撃と防御、そして後退に大別できる。 攻撃とは撃滅、撃破するために敵を積極的に求める戦闘行動である。攻撃には二方向以上から同時的に攻撃する包囲、敵戦力の一点に対して集中的に前進攻撃した後に分断する突撃などの方式がある。防御は敵を拒否、撃退するために敵を待ち受ける形態の戦闘行動である。構築した陣地で敵を阻止する陣地防御と、攻撃する敵に対して積極的に逆襲を加える機動防御の方式などがある。後退は敵と距離を持つために後進する戦闘行動であり、遅滞行動を伴う。戦術的な戦闘行動は任務、地形、敵情に基づいて最適なものが決心されなければならない。 統率は単一の個人が他者の自発的な協力や本心からの信頼を得る方法を以って人間を指導することが出来るようになる地位を得る技術である。指揮・統制の能力に並んで指揮官に求められる技術・才能であり、戦場という極限状況における効率的な部隊行動に強く求められる。統率は広義には指揮・統制・統御を指し、狭義には統御である。軍事組織における統率は軍事的リーダーシップであり、人格、知能、行動から構成される。[2] 後方支援または兵站とは前線の後方において先物取引 の補給・輸送などによって前線の作戦部隊を支援する業務の総称である。後方支援は複雑・膨大・惰弱という特性があり、その主要業務は後方連絡線を用いて行われる。この後方支援は軍事作戦の内容や部隊の戦闘力を左右する。また広報などの業務をも後方支援は含んでおり、作戦の全般的な実行を補助する機能がある。[3] 軍事行政とは軍事に関係する作戦指揮(軍令)に直接関係しない行政全般を指すが、厳密には国防大臣が掌握する軍隊の事務一般を意味する。ここでは外交や経済なども含めて記述する。 地理は軍事と古来より深い関係があると考えられてきた。これは人間のあらゆる行為が地理的な条件によって制約されるからである。戦略的な観点から世界の地理と政治勢力の関係を簡略化して観察する学問に地政学があり、国家が領有する領土と領海の価値やその地形の戦略的な重要性を研究する。 また戦術的な観点から国土の形状や地形の特徴が明らかにする研究も行われてきた。具体的な作戦行動においては地形の活用が勝敗を左右しうるため、部隊の前進や配置、陣地や要塞の築城、後方連絡線の確保などあらゆる観点から分析がなされる。 軍隊は一定の規律・組織に基づいて編制された武装組織であり、軍事力の主体である。軍隊は直接侵略・間接侵略・防衛などの軍事行動を実行する能力を有し、概ね単一の最高指揮官の下で陸軍・海軍・空軍などが編制されている。しかしながら現代の多くの先進国は統合作戦の必要性から陸海空軍部隊を統合部隊として運用している。軍隊においては序列を明確にするために階級が全ての軍人に与えられ、部隊もその規模と序列から中隊や師団などの単位に編制されている。高級指揮官には補佐する機関として参謀本部が設置され、作戦計画の立案などを行う。国によっては軍事組織の成り立ちは様々であり、準軍事組織や民間防衛組織が編制されている場合もある。[4] 政治はあらゆる軍事行動の上位に位置して目標を規定する。この上下関係は軍事学者クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段を以ってする政治の延長である」という命題でも述べられている。すなわち政治の指導に従って軍事力は侵略・防衛のために運用され、国内的にも危機管理や治安維持の目的で使用される。歴史的には国家総力戦という戦争の形態によって一時的に政治と軍事の関係が逆転する事態もあった。そのために現代では軍事戦略の上位概念として国家戦略が策定されて、さらに文民統制という文民政治家優位の政軍関係によって政治的決定の優位性が確立されている。従って戦争を開始・終了するのは政治であり、戦争を遂行するのは軍事の範囲となっている。[5] 外交は国家間の政治的な活動を総称し、歴史的にも軍事と深い関係性がある。軍事力は強制・抵抗及び抑止の機能を以って軍事的に利益を獲得・保持する。外交は外交交渉を通じてこれらの軍事的な成果を増大・確保・譲歩することによって政治的な目的を達成する手段である。また多国間で生じた対立においては、外交によってより多くの勢力を味方につけることは戦争の遂行に大きく貢献することが出来る。20世紀に核兵器の出現し、米ソ冷戦を背景にして軍事行動が核戦争の危険性を伴うようになると、外交交渉と限定的な軍事力を組み合わせた限定戦争の考えが確立されるようになり、軍事的な緊張を外交で抑制しながらも軍事行動で政治目的を達成しようとする政策が確立されるようになった。[6] 経済と軍事の関係は資源・人材・財力の使用や割当などを巡ってトレードオフにあり、対立的である。国防に依拠して社会秩序は形成されており、その社会に基づいて経済活動が行われていると同時に、軍事力の建設は経済力の規模によって制限される。そのために軍事力と経済力の調整の上で軍事費を配分することが重要であると考えられている。[7]また目的と手段の関係においては軍事と経済は相補的な関係にあり、経済力は軍事目的として運用することが可能であり、また軍事力は経済目的として運用することが可能である。[8] 軍事史は戦争や戦闘などの歴史である。特に国際関係や科学技術の歴史における軍事的な事象に注目したものを指すが、歴史上の作戦・戦闘について研究された歴史も含む。軍事研究に歴史的な事例を提供し、安全保障政策、戦略・戦術などの軍事学の研究に役立てられている。[9] 戦争の歴史は人類の歴史と進展をともにしている。原始の頃の戦争は主に氏族間で行われたが石器などの簡単な道具を用いた散発的かつ小規模な対決に限定されていたと考えられている。しかし農業が始まると人口は拡大し、部族社会が成立した。富みの蓄積は都市の形成をもたらし、経済力と文化の中心として都市は都市国家と発展した。 古代文明が成立したのは紀元前3000年ごろといわれており、チグリス・ユーフラテス流域のメソポタミア文明、ナイル流域のエジプト文明、ガンジス流域のインダス文明、黄河流域の中華文明がある。青銅器や鉄器などの金属器が使用される時代となり、馬の使用で騎兵が登場して機動的な戦力の運用が可能となる。強力な政治力に基づいて軍事制度が高度に組織化され、密集隊形の大部隊が激突する会戦がしばしば発生するようになるのもこの時代である。しかしこの時代の戦争は農業経済であったために断続的であり、また文化的な背景に基づいた戦争の規範も形成された。 14世紀になって黒色火薬が発明され、それに伴って火器が開発されると急速に戦場の様相は変わっていった。これは軍事革命とも言われ、戦力にとって重要なのは打撃力だけでなく火力の要素が出現した。また大航海時代が到来すると海洋の経済的な利権を巡る軍事的な緊張が高まり、海軍力の装備や戦術が発展する。特に産業革命以降は工業産業に基づいて国家の財力や生産力が増大し、戦争が長期的に行われるようになる。 それまで傭兵など一部の社会集団により構成されていた軍事組織であったが、国家体制を改変する革命が起こり、フランス革命で国民軍が発足し、徴兵制などの動員体制が考案された。戦争は国家の総力をあげて行われ、より合理的、計画的、長期的に行われるようになっていった。こうして総力戦の形態が成立した。そして第一次世界大戦と第二次世界大戦では機関銃、戦車、航空機、軍事通信などの新兵器が開発されておびただしい犠牲者を出すこととなった。 世界大戦の終結はアメリカとソヴィエトのイデオロギーを巡る対立をもたらし、また核兵器とミサイルの発明により核戦争の危険が発生した。米ソの対立は核抑止に基づいた冷戦として推移し、全面戦争に至らないよう限定的な規模でのいわゆる限定戦争が行われるようになる。しかし軍事技術の躍進は続き、空軍力や宇宙技術は軍拡競争を背景に大きな発展を見せ、人工衛星を打ち上げるようになる。軍事システムでは高度な情報技術が採用されるようになり、軍事における革命と呼ばれる。 冷戦後が終結すると内戦型の紛争など不正規戦が行われるようになり、従来型の重武装の機甲部隊だけでなく、特殊部隊と呼ばれる機動的かつ柔軟に運用することができるような戦力も登場した。戦争はより高度な軍事システムとして組織化された軍事力で迅速に行われるだけでなく、非正規戦部隊によっても行われるようにもなり、複雑化している。 軍事思想は軍事力をどのように運用するべきかという思考的な枠組みの基礎となってきた。現実主義的な視点から戦争は可能な限り回避して政略により敵を屈服させることを推奨した『孫子』は軍事思想史としての意義がある。孫子では欺瞞、奇襲、秘匿、急襲などの原則が述べられており、抽象的ではあるものの完成度の高い古典的な軍事研究であった。しかし西洋のほうでもギリシアではエパミノンダスやアレクサンドロスは歩兵部隊の装備や陣形を改良し、併せて騎兵部隊を歩兵部隊と連携して運用し、決定的な地点に投入され、その機動力と打撃力を発揮して勝利に大きく貢献した。彼らは軍事研究を残したわけではないが、この運用思想はローマのレギオン、ビザンチンのカタフラクトなどに継承されていく。またモンゴルは遊牧民族の特性を生かして騎兵だけの陸軍を運用し、高度な戦略的機動力でユーラシア大陸を席巻した。