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一般的に、テロリズムは「非難される行為」と位置づけられる。また同時に、テロリズムは「周知されることで恐怖心を呼び起こすもの」である。この点において狭義の意味での暗殺とは異なる。直接の攻撃対象以外である大衆を操作・支配する目的で無差別に、あるいは象徴的な人物を攻撃する手段は、強い道徳的・倫理的非難の対象となる。
そのため、「テロリズム」という言葉の持つ、強い反道徳性・反倫理性を活用するかたちで、「自らとは異なる立場に立つ者のアピールや実力行使」に対して、「それはテロリズムである」というレッテル(ラベル)を貼るという方法で、非難を行うという方法論・戦術がある(プロパガンダ)。この非難の対象とされるものには、しばしば政治的アピールや非暴力直接行動などが含まれる。歴史的にも労働運動やマハトマ・ガンディーの非暴力不服従運動をイギリス政府はテロリズムと位置づけた。
しかしながら、ある行動が、利害が対立する者からの「テロリズム呼ばわり」に基づいてテロリズムになるわけではない。利害対立者の行動をテロリズム呼ばわりするというのは、単に言語上の修辞(レトリック)である可能性があり、その行動がテロリズムに分類されるべきものであるかどうかを決定するものではないということには注意する必要がある。しばしば「利害対立者からのテロリズム呼ばわり」は、テロリズム呼ばわりした者とテロリズム呼ばわりされた者との不仲の存在証明にすぎない。
確信犯(かくしんはん)(独; Uberzeugungsverbrechen)とは、道徳的、宗教的あるいは政治的な確信に基づいて(つまり、自分の行動の“道徳的・宗教的あるいは政治的な正しさを確信”して)なされる犯罪のこと。(Uberzeugung:確信 Verbrechen:犯罪)ドイツの刑法学者グスタフ・ラートブルフの提唱による法律用語。いわゆる義賊やテロがその代表例である。
「確信」という言葉のもつイメージにより法的概念を逸脱したレトリックとして使用される事が多い。
「確信犯」は、「悪いことと知りながら犯罪を行う人(もしくはその行為)」、「結果を予想した上で計略を巡らす人」という意味で使われる場合が多い。これは誤用がひろまったものである。確信犯とは「自分が行う事は正しく、
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(社会)こそが誤っていると信じている」ことがポイントであり、本人に「実際は悪い事 / ウラがある作戦」などの意識は無い(文頭で例示した状況は確信犯ではなく「故意犯」と呼ぶのが近い)。
また、政治的・宗教的犯罪のみに用いられる、もしくは確信犯という言葉そのものが、それら思想的な意味合いを持つというのも本来の用法ではない。理由は上で述べた通りであり、例えば科学的根拠に則って、社会で禁止された治療行為を行い結果として罪に問われる場合、あるいは積極的安楽死への組織的な関与などは確信犯とされる可能性がある。多くの辞典に「政治犯や思想犯など…」のように例示されることが多いのは、単に政治犯や思想犯に確信犯が多いためである。
ここである程度似た言葉で間違いやすい用例を紹介する。
あなたは電器店の中にある修理部門の担当者。あなたの目の前には今にも故障しそうなテレビがある。
「これで直るはず!」と思い込んで修理してみたが壊れてしまった(過失犯)
「よくわからないけど...こうかな?」といじっているうちに壊してしまった(過失犯・『壊れるかもしれない』という認識があれば未必の故意犯)
「修理不能扱いにして新品を店で買ってもらおう」と考え、わざと壊した(故意犯) ←これを確信犯とするのが典型的な誤用の例である
「テレビは社会を汚染するから、
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を破壊するのは正義である」との信念に基づき壊した(確信犯)
ドイツ語の Uberzeugung には「信念・信条」の意味がある。そして、「道徳的、宗教的、政治的な確信」は「信条・信仰・主義」であり、それらをまとめて端的に「信念」ないしは「信条」と表現することも可能である。その意味で「確信犯」は安易な直訳であり「信念犯」「信条犯」といった翻訳の方が適切であったと言えよう。
日本語では「確信犯」を法律を話題にしていない局面で、故意(あるいは故意におこなう)行為として用いる場合があるが、法的概念を逸脱したレトリックであり、犯罪に合致しないものを含めて確信犯と比喩することがある[1]。一方で「その確信犯の用法は正しくない」なる言説で発言者の用語能力を批判する(人身攻撃)言説もしばしばみられるが、法律の話題でない場面のレトリックにこの批判をおこなうのはさほど意味がなく「殺人スケジュールの殺人の用法は正しくない」「デートの約束を破ったのを詐欺というのは正しくない」などと論じることにさほど意味がないのと同様の批判である。一方詐欺や窃盗を確信犯と呼ぶのは典型的な誤用である。
アサシン(assassin、アサッシンとも。)は、
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、暗殺団、刺客という意味を指す英単語。語源は、ハシーシュ(大麻)、差別的に大麻中毒者、ハシシン老人、ハサス(原理)など諸説ある。語源については暗殺教団を参照。
元々の意味合いとしては重要な人物を殺害した人物または団体を指す言葉である。また歴史の文脈では「the Assassins」は11世紀から14世紀、シリアにおいて十字軍やザンギー朝など諸勢力間で暗殺をも手段として勢力を築いたイスラム教シーア派イスマーイール派の分派ニザール派を指すが、これに伴う逸話はほとんど伝説である。同義にassassinator、動詞形にassassinate等がある。また「assassin bug」と言う言葉もあり、これは吸血昆虫のことを指す。近年では映画の題名やゲーム(特にロールプレイングゲームなど)の一職業として使用されることも数多い。現代(21世紀)においては、テロリストと重なる部分も多い。
通常は違法な行為であるが、国家が自ら暗殺を実行する例もある(冷戦時代の諜報機関、独裁体制(だった)国、例えばルーマニア、またアメリカ合衆国、ロシア連邦は、常にそのうわさが絶えない国である。さらには、イスラエルは、暗殺の合法化を打ち出している)。
強権政治を行う国家による暗殺は、反対派・反体制派に対する弾圧・粛清的な面が強い。 しかし逆に、そのような国家、あるいは放置しておくと不特定多数の人命に危害が及ぶ恐れのある凶悪な犯罪者に対し、非常措置と称して暗殺が計画される場合もある。
古代ローマのカエサル暗殺、ナポレオン暗殺未遂事件、第二次世界大戦中のヒトラー暗殺計画のように、独裁者・暴君・犯罪者を政治的・宗教的理由から殺すことへの可否は、暴君放伐論(モナルコマキ)としてヨーロッパ政治思想のひとつとして論争が続けられてきた。
いわゆるテロと重なり合う部分も多い。ただし、無差別テロは特定要人の殺害が目的ではないので、要人の死亡に繋がったとしても暗殺には含めない。
なお、暗殺は、捜査当局を欺瞞するため「ひき逃げ」などの「事故」や「自殺」に偽装した手段で行われることがあるとされている。そのため、要人の事故死や自殺があると、偽装した暗殺ではないか(陰謀論)と話題に上るケースもある。
刺客の従来の読みは「せっかく」であるが、現代では「しかく」、「しきゃく」と読むのが一般的である。日本漢字能力検定協会発行の『漢字辞典』は「しきゃく」をメインとして載せ、補足として「『せっかく、しかく』とも読む」としている。パソコンの変換でも「しかく」、「しきゃく」でも変換でき、『広辞苑』でも正しい発音として記載されている。なおNHKの用語用字集は「しかく」、時事通信社の用字用語集は「しかく、しきゃく」としている。
中国古代の歴史家・司馬遷の『史記』には、「刺客列伝」に5人の刺客の伝記が収録されている。 ここで言う刺客とは、大義や義理により暗殺を行った烈士のことで、職業的暗殺者ではない。「士は己を知るもののために死す」の豫譲や始皇帝暗殺未遂の荊軻も含まれている。
日本の歴史では源義経に源頼朝が送った刺客、幕末の坂本竜馬暗殺や近世では二・二六事件などが有名である。また倒幕や尊王攘夷派への対策として結成された新撰組が、刺客の代表格として有名である。
国会議員については、山本宣治暗殺など、文字通りの刺客に殺されたケースもあるが、選挙で特定候補を狙い撃ちするために立てられた候補を「刺客」と呼んだ例がある。#選挙用語としての「刺客」参照。
時代劇において刺客は良く扱われる題材である。最近の作品では忠臣蔵の赤穂浪士を刺客に例えた「四十七人の刺客」など。
さいとう・たかを作『ゴルゴ13』は代表的な現代の刺客といえよう。
日本における選挙において、政党を何らかの理由(主に政策や選挙に関連した対立が多い)で離党した政治家が選挙に立候補した際にその政党が対立候補を立てて、選挙戦を行うことがある。その候補者を俗に「刺客」、対立候補を立てることを「刺客を送り込む」という。
対立候補には主に有名人やある程度実績があるものの、自身本来の選挙区が不安定な政治家が多い。当然ながら、候補者を出した政党は候補者を資金や政党幹部による応援演説などで強力に盛り立てる。
なお、この用法は以前はあまり一般的ではなく、後述の2005年の総選挙までは日本テレビ系テレビドラマレッツ・ゴー!永田町などの一部のメディアで使用されたのみであった。
だが、2005年の総選挙において、与党自由民主党が郵政民営化関連法案に反対し、離党した政治家に多くの刺客を送り込み、マスコミも大きく取り上げたため、比較的一般的な用法となった。